昭和33年 当時の思い出話も後輩にとってはお伽話か夢物語

今まで見たこともない極彩色のご飯にびっくり

昭和34年卒

高木春雄

昭和30年2月初旬、越後長岡から4人の熱血漢が移動証面明を懐に上野駅に降りた。そこに待ち受けていたのは、憧れの明治大学レスリング部の先輩3人。ただ「ご苦労」の言! まずは山手線で新宿まで。先輩が「飯だ」と、我々を新宿西口のマーケットヘ案内。1杯45円の大盛天丼を注文。外食券を出すと、先輩が「それは次回に使え」と払ってくれる。米処越後から来た我々4人にも驚きの量であり、味も今までに味わったことのない美味。(?)これでとりあえず飯の心配はないと、お互いにニッコリ! しかし、それはここだけのことであり、以後、食生活に関しては惨めな戦いが始まる。

 小田急線に乗り込んだが、セピア色の古ぽけた車両は、憧れの東京に似つかわしくない代物。多摩川を渡る頃から夕闇に霞む車窓は越後長岡とあまり変わりばえしない風情。だんだんと行く先が案じられる。東生田(現在は生田)で下車。ここでまた驚きだ。砂利道、しかも俺達の田舎よりひどい。百十余段のランダムな石段を登り、合宿所に到着。豚舎と鶏糞の匂いに包まれた合宿所に、益々不安が募る。取りあえず先輩諸氏に挨拶をし、あてがわれた部屋で旅装を解く。就寝時、まだ我々のチッキで送った寝具が着いていないため、合宿所の接待用(?)の布団を1年先輩が敷いてくれた。外観は花柄模様の布団で、回りの先輩(万年床)に気が引ける。しかし、それは外見だけで、中は何枚もの布団を巧みに組み合わせ(これも長年の経験か)、ネズミの巣かモズの巣かと感じられる綿と布の組み合わせ。ただし暖かさは抜群だった。

 翌朝6時30分起床。直ちにロードワーク。終了後、メシ上げだ。メシ上げ当番は1年先輩で、我々はお客様だ、アルマイトの飯椀、同じく味噌汁、沢庵と煮付けの一菜の献立。ところが、メシに驚いた。昨日まで田舎で白い飯を食っていたのに、今までに見たこともない極彩色の飯。中身は麦、人造米、外米、グリーンピース、黒いぶつぶつなもの(あとでわかったがそれは朝顔の種子)の混ぜご飯である。匂い、味は前後に絶する代物。酸っぱいような匂いで、箸にも棒にも引っかからない。ボロボロだ。味は今思い出しても気味の悪いメシだ。とても我々越後人(これは失礼!)には食すことができない。当時はまだ食糧難で、越後長岡でも麦飯くらいはあったが、終戦当時の大根飯、芋メシのほうがましだ。我ら4人が残したメシを、先輩たちが争うように腹の中に押し込むのを見ているだけで吐き気を催す。しかし、それも一両日中で、他に食べるものない。無理やり腹の中に押し込む。何とか飢えをしのぎ、遂にはそのメシが耐えがたく待ち遠しくなってくる。

 こんな食生活から始まり、入学試験の日を待つ。この合宿生活は、入宿するまでは考えられないほどの待遇で、メシ上げ、部屋掃除、便所掃除、風呂焚き、先輩のマッサージ、全て1年先輩が施し、我々新人(まだ入学していない)はお客様待遇であった。それが入学試験を終わって帰ったその夜から一変し、奴隷の如き(ちょっとオーバー)扱い方。今まで何もしないで先輩のやることを見ていたのが、全て我々のほうに回ってきた。これは合宿に入る前から覚悟はしていたが、あまりにも急変した扱い方にただ脱帽。まだ試験の終わっていない新人は、今まで通りの待遇である。

 全員試験も済み、めでたく明治大学生になった。ちなみに新入生総勢35名。しかし、4年間無事明治大学レスリング部で活躍したのはたったの8名であった。(内一人は若くして他界)今でも明治レスリング部スピリッツで、各界の現役として活躍している。

 朝鍛夕錬の修行の場である合宿所の思い出を書く気になったのは、季刊「明治大学」に近代的な生田校舎の全貌を見て、当時の校舎を思い出したから。この生田校舎は、戦争中は陸軍の化学兵器製造工場で、終戦後はある会社の紡績工場。付近には竪穴や横穴、防空壕の跡地らしい構築物があり、校舎は木造のボロボロの代物で、隣接して牛舎、豚舎、鶏舎(農学部が在部)があった。また、隣接地には1年を通じて桃、西瓜、梨、柿がなり、ちょっと手を伸ばせば四季の味覚にありつけた。この様な自然環境の中にあった合宿所だった。

 昨今の明大生(我が校以外も然り)と、我々の学生時代とでは、あまりにも変貌した姿に何か割りきれない思いがし、新入生当時の一部を思い出して綴ってみた。時代だからと一言ですまされない気持ちがあり、質実剛健の明治魂!のよい面も悪い面も、どうしても比較したくなる。時々、後輩に当時の思い出話をすると、お伽噺か夢物語か他国の出来事のように受け取られ、喋ることも躊躇するありさま。
 
 好きで好きでたまらない明治大学!いつまでもこの身から離れない恋人のような我が明治!我が明治大学レスリング部。

〈昭和33年度最上級生部員〉
 神保 弘(フライ級)
 諏訪一三(フライ級)
 斉藤博文(バンタム級)
 宇野長好(フェザー級)
 多賀暉平(フェザー級)
 中川義彦(フェザー級)
 早川友之(フェザー級)
 霜鳥 稔(ライト級)
 土井 進(ミドル級)
 高木春雄(ライトヘビー級)